どんぴんからりん

昔話、絵本、創作(短編)などを紹介しています。

もう、おおきいから なかないよ

  もう、おおきいから なかないよ/ケイト・クライス・文 M・サラ・クライス・絵 福本友美子・訳/徳間書店/2013年

 

 もうすぐ5歳になるうさぎくん。 「ぼく、もうおおきくなったから、泣くのはやめる。そんなのあかちゃんのすることだもの。ぼくは もう あかちゃんじゃ ないからさ」と、きっぱり。
 うさぎくんは、ママと相談して、おおきくなったお祝いにお誕生会を開くことにしました。
 「もうおおきくて、泣かない子」ばかりを呼ぼうと、りすやねこ、いちばん年上の馬さえに、声をかけますが、「泣いてしまうから、いけない」と断られてしまいました。

 うさぎくんは、家に帰って、ママにいいました。「くるひとが、いないかも」。
 するとママも、「それなら ママも、お誕生会に でられないと おもうわ」「ママだって泣くことがある」といいだしたのです。

 ママから、「なきたくなるわけは、いろいろあるものよ。どうしてか わからないのに、泣いちゃうことだって あるし」といわれて、うさぎくんは すこし かんがえて みました。
 大人になっても泣くの?。

 「ぼくが 泣いても へいき?」と、ママに たずねた うさぎくんは、いよいよ誕生会を 開くことにしました。・・

 はじめに声をかけた動物たちよりお客さんはふえていました。ヒツジ、ブタ、ガチョウさんも。もっと断わられていたんですね。
 ひとりだけ泣いていた人もいましたよ。

 

 姉妹でつくられた絵本。部屋のようすがかわいらしい。

 ちょっと背伸びしたい年ごろ。さまざまな経験を積み重ねて、おおきくなっていくようすが ほほえましい。

 

 「なくのには124ものわけがある小さいミロへ」とあるのは、お子さんへのメッセージかな。

すずめとつばめ

  かたれやまんば 藤田浩子の語り 第一集/藤田浩子の語りを聞く会/1996年初版

 

 ずうっとむかしのこと、つばめとすずめは姉妹であったんだと。

 つばめはいつも、きれいなかっこうをしていたが、すずめのほうは、わが姿なんて構わないで、畑仕事に精出してたんだと。

 

 ある日、お釈迦様の具合が悪いつう しらせがきて、まあ すずめは、「これはたいへんだ。はあ急いで はせ参じねばなんねぇ」というわけで、田んぼの脇に座ってた おとっつまをとびこえてなあ バタバタバターツと どろだらけのかっこしたまんま、お釈迦様のところさ 跳んでいった。

 つばめのほうは、でかけるのには おしゃれこせねばなんねえと、黒い着物に着替えて 行ったんだと。

 お釈迦様は、すずめをみて、「きたねえかっこで きてくれた。たいそうありがたかった。お礼に人間と同じように 米 食ってもいいという そういう許しだすべなぁ」と、それですずめは人間と同じように 米食える身分になったんだと。したが、おとっつあんを跳びこえてきたのは よくないから、その分だけというわけで、すずめは交互に歩けない一足跳びという、二本の足を一緒にぴょんぴょんとうごかす そういう歩き方しか できなくなってしまったんだと。

 つばめは、おしゃれこなんかしていったもんだから、お釈迦様はたいそうごせやいて、「お前は、土と虫だけ食ってればいい」と、こうゆったもんで、今でもつばめは 土と虫食ってるんだと。

 

 すずめの歩き方は、気にしていませんでしたが、いわれてみれば たしかに二本の足を同時に動かしているようです。

 

 昔話を語った方は、すぐれた観察者でもあったんですね。

 

ラマダンのお月さま

   ラマダンのお月さま/ナイマ・B・ロバート・文 シーリーン・アドル・絵 前田君江・訳/解放出版社/2016年

 

 ラマダン月の一か月間、イスラム教徒は、日中は飲食を行わないというのは、わかっているようで、わからないことばかり。

 「自分が空腹に耐えていると、日々の食事に困っている人たちの気持ちがわかる」といわれると、なるほどと思える。

 ラマダン月は、他者への思いやりの月でもあるんですね。 

 ラマダン月には、だれかに さしあげるように お金をあつめ。こまっている 人たちのため やさしく できるかしら? ぷりぷり おこったり してないかしら?と、反省を する期間。

 

 ラマダン月のはじまりから、おわりまで。

 日中我慢した分だけ、夜の食事のおいしそうなこと。

 

 

 素敵なコラージュの絵に うっとりしながら ラマダン明けの 解放感も つたわってきました。

 

 長い間築かれてきたイスラム文化。自分たちと価値観が異なるようにも見えますが、多様な価値観を前提にしながら、相互理解を深めることが、重要でしょうか。

 

 

はーその通り

   かたれやまんば 藤田浩子の語り 第一集/藤田浩子の語りを聞く会/1996年初版

 

 長者さまの娘を、嫁っこにもらいたいと、多くの村の男たちがやってきたが、だれも長者の了承をえられなえられなかったと。

 長者さまは、大の話好きで、「おら家の婿になる者は、おらが飽きるまで語ってくれるような、話好きでなければなんねえ。話聞いておらが<もう やめてくれ>つうまで語り続けたらば、その男に、おら家の娘 よめにくれるべでぇか」と、語っていたんだと。長者さまは聞きながら、男たちが語り終わっても まだ <ほぉで? ほれから>と聞くもんで、男たちはみなぁ音をあげて帰ってしまったと。

 ある日、ひとりの男がやってきて、「おらが語るから 長者さまはおそれいりやすが、「はーその通り」と相槌うってくんなんしょ。もし聞いているおめぇさまがたも、おもしろかったら「はーその通り」と相槌うってくんなんしょな」といって、語り始めたと。

 

 ・おめ様 金持ち 長者さまだよ    「はーその通り」

 ・三国一の 長者様だよ        「はーその通り」

 ・おら家は貧乏 水呑み百姓      「はーその通り」

 ・おら家の 父っ様も 水の百姓    「はーその通り」

 ・けれども爺ん様 小金を貯めたよ   「はーその通り」

 ・百両千両 貯まりに貯まって     「はーその通り」

 ・あたりほとりに 銭っこ貸したよ   「はーその通り」

 ・おめ様の爺ん様も 借りにきたよだよ 「はーその通り」

 ・百両三つで 三百両だよ       「はーその通り」

 ・おめ様の爺ん様 果かなくなったよ  「はーその通り」

 ・百両三つ 返す間もなく       「はーその通り」

 ・孫子に残して 果かなくなったよ   「はーその通り」

 ここで、長者さま おら家の爺ん様 おめえの爺ん様から銭っこなんぞ借りてねえぞと語りを止めようとするが、まわりのみんなが、「はーその通り」というので、語っている男も、語り続けたと。

 ・借りた銭っこは 返すが道理     「はーその通り」

 ・銭っこで返すが 本来なれど     「はーその通り」

 ・銭っこの代わりに 娘をくれる    「はーその通り」

 

 ここで、長者は、「やめてくれ! やめてくれ!」と言ったが、男は また語り続けたと

 ・長者様ゆわしゃった やめろとゆわしゃった  「はーその通り」

 ・聞いてくれたか 皆様方も      「はーその通り」

 ・おらのよめ様 これで決まった    「はーその通り」

 ・三国一の花よめ様だよ        「はーその通り」

 ・めでためでたの 若松さまよ     「はーその通り」

 ・おらの話は これでおしまい     「はーその通り」

 ・しゃ-んしゃーん

 

 おなじような話もありますが、単純な繰り返しで物足りません。その点、なかなか先が読めないなかで、とちゅうから おやっ! と思わせ、オチも 最高の話です。

 

ママとパパを さがしにいくの

   ママとパパを さがしにいくの/さく・ホリー・ケラー 訳・すえよしあきこ/BL出版/2000年

 

 ママは、ホラスがねるときには、おんなじ 話を聞かせてくれました。

 「あなたに このうちに きてもらったのは、小さな赤ちゃんだったときよ、なぜって、あなには さいしょの かぞく いなくなってしまって、あたらしい かぞくが ひつようだったから。あなたの からだのもようは、すてきだったわ。ぜひ、うちの子になってもらおうとおもったの」

 でも、ホラスは、ままのお話がおわるまえに ねむってしまうのでした。

 すてきなかぞくでした。パパは、まいばん ホラスとゲームをしてくれ、ママは ホラスの足が寒くないようにって、毛糸でスリッパを あんでくれました。

 ただ、ときどきママは、むりにオートミールを食べさせたり、歯をみがかせたりするのです。パパだって、むりやりブーツを はかせたりします。そんなとき、ホラスは ちがうパパやママだったら いいのにって、おもいます。

 ママが、ホラスの誕生日パーティをしてくれました。いとこたちもやってきましたが、ホラスは みんなと ぜんぜんちがう なんだか かなしくなってしまいました。

 ある日、ホラスは冷蔵庫のドアに かきおきをのこしました。

 「ぼくは ぼくの ほんとの かぞくを さがしに いきます」

 カーニバルにいって、観覧車にのったり、ホラスと、おんなじもようをした 大家族とであい、仲間入りして、夕方になるまで 楽しく遊びました。ホラスは、あたらしいおともだちが きにいりました。

 でも。おひさまが しずみはじめると さむくなって きました。

 そして・・・。

 

 トラの養子?になったヒョウの子ホラスが、本当のパパとママを探しに行って、あらためて、自分の居場所を たしかめることになりました。

 離れてみないとわからないことも。 家に戻ったホラスは、愛されているのを 確認して 寝落ちしました。

 ママもパパも、ホラスが 自分が納得できるまで、じっとまっている素敵な養親でした。

むかし語りの会 Ⅱ

 川越でひらかれている「むかし語りの会」(大人のおはなし会)。年2回開催。継続的に聞かせていただいています。

 

2026.6.3

 台風六号が通過中。風はともかく雨が横殴り。さすがに、いつもより こじんまりでした。

 1 みつけどり(子どもに語るグリムの昔話2 こぐま社)
 2 ねずみのしゃもじ(女むかし 君川みち子再話集 ほおずきの会)
 3 ヤング・ケート(ムギと王さま ファージョン作品集3 岩波書店)
 4 広島の甘栗は世界一おいしかったです(パーソナルストーリー)
 5 ものいうたまご(おはなしのろうそく33 東京子ども図書館)
 6 犬とねことうろこ玉(子どもに語る日本の昔話1 こぐま社)
 7 いかけ屋と幽霊(おはなしのろうそく32 東京子ども図書館)

 パーソナルストーリーは、奈良在住の方。台風の中よくこられましたが、かえりはどうでしょうか。被爆者で語り部もなさっている方で、小学校での語りと感想が紹介されました。

 「いかけ屋と幽霊」はスペインの昔話。読むと、かなり短いと思っていましたが、語りでは 長く感じました。

 

ogawasaito.hatenablog.com

 

2025.11.7

 風の強い一日。

 1 松山鏡(雪の夜に語りつぐ 笠原正雄語り 福音館書店)
 2 ミョウガ宿(読んであげたいおはなし 松谷みよこの民話 上 筑摩書房)
 3 オランドとけいと が(犀星童話集 龍の笛 亀鳴屋)
 4 ねずみ浄土(日本昔話百選 稲田和子・稲田浩二 三省堂)
 5 草の葉の綱(炎の馬 アイヌ民話集 菅野茂 すずさわ書店)
 6 石のカヌー(子どもに贈る昔ばなし12 小澤昔ばなし研究所)
 7 黒いブッカと白いブッカ(身辺世界のむかし話集①イギリス編 文元社)
 8 カブールからきたくだもの売り(タゴールを脚色 旺文社)

 

 笑い話としっとりした話。

 タゴールの話は長めという説明が冒頭にありましたが、時間にしたら15分をちょっとこえる程度。聴くとそれ以上の時間のようでした。語り手の話し方で、時間は気になりません。長いようでも短く感じるものもありますから、不思議です。

 室生犀星は、聴いたことがありませんでした。この童話集は、犀星のふるさと、金沢市の室生犀星記念館で名誉館長を務める孫の室生洲々子(すずこ)さんが企画、編集されたということです。語った方は金沢市ゆかりの人でしょうか?

 

2025.6.6

 暑さがぶり返した一日。47回といいますから今年で24年目。

 1 さるじぞう(むかしむかしあるところに 徳間書店)
 2 きんいろのしか(同名絵本 石井桃子再話 福音館書店)
 3 七人さきのおやじさま(世界のむかしばなし 瀬田貞二訳 のら書店)
 4 月夜とめがね(ものがたりのお菓子箱-日本の作家15人による 小川未明作)
 5 おんどりちゃんとめんどりちゃんのこわい話(少年の魔法のつのぶえ ブレンターノ編 岩波書店)
 6 登戸の婆さま(阿部ヤエさんの語りより 遠野の昔話)
 7 蛙の王さま(完訳グリム童話集1 金田鬼一訳 岩波書店)

 

 楽しかったのは、「おんどりちゃんとめんどりちゃんのこわい話」。はじめて聴きました。

 

 会場は、90人はこえていたでしょうか。

 お話し会も、コロナのあと、ひらかれなくなったケースもあります。一回休止すると再開には相当のエネルギーが必要なのかも。

 

 

 「月夜とめがね」は、紙芝居で

ogawasaito.hatenablog.com

 「七人さきのおやじさま」 タイトルはちがいますがノルウエーの昔話

 

 

白いりゅう 黒いりゅう

  白いりゅう 黒いりゅう/賈芝・孫剣冰・君島久子・訳/岩波書店/1964年

 

 りゅうでもとらでもほんもののようにほることができるし、みあげるような立派な建物でもたやしくつくってしまう腕前のヤン名人が、ひとりっ子のチーサンをつれて、故郷にもどるとちゅう、「竜が淵」のそばをとおりました。この「竜が淵」には、いっぴきの黒いりゅうがすんでいました。

 黒いりゅうは三年ごとに、六月の二十四日の、黄昏時なると、黒雲をわき起こしとびだします。空は真っ暗になり、はげしい風や雨があれくるい、家を流し、幾百もの田んぼも、みわたすかぎりたいらな砂浜にしてしまうのです。黒いりゅうは、その洪水にのって、あばれながら、大海におどりこみ、山のような大波をおこして、船をひっくりかえします。こうしてりゅうは、まる一昼夜あばれまわると、海からもどりながら、またひとあばれして、やっともとの淵にかえっていくのです。

 この三年にいちどは襲われる災難のため、パイ族の人びとは、山の上に避難して、草の根や木の皮をたべるおりほかに、どうしようもないのです。洪水がおさまってから、やっと山を下りて、砂にうずまった田んぼを起こし、家を建て直します。

 さて、ヤン名人とその子のチーサンが淵近くをとおりかかり、のどがからからにかわいたチーサンは、水をのもうと、銅の子なべを水の中に入れました。その時、黒い雲が水のなかからふきあがり、そのなかから、いっぽんのりゅうの手があらわれて、なべと子どもを、いっしょにつかみ、淵の中へ、ひきずりこんでしまいました。あとには、チーサンのよごれたわらじが、おちていました。

 ヤン名人は、黒いりゅうとたたかってやろうと思いましたが、とてもかないそうにありません。ひとりのおばあさんが、泣いていたヤン名人を山の上につれていってくれました。その人々の中にいたアーパオという男の子とアーフォンという女の子が、ヤン名人になつきました。

 ヤン名人は、心を込めて、いっぴきのりゅうをほり、それに魂をいれて、淵にはなそうと決心しました。村の人たちの協力で、名人の仕事は、ちゃくちゃくとすすみました。

 さて六月二十四日のおひるに、ヤン名人は、自分の指を噛んで、血を出すと、その血でりゅうの目や口、心はどをかきいれました。

 やがて、嵐の中、空中で二ひきのりゅうが、たたかいをはじめました。

この戦いは、黒いりゅうの勝利におわりましたが、人々の心には、元気がみなぎってきました。だれもがおそろしがっていた黒いりゅうに、木ぼりのりゅうが、死に物狂いのたたかいをしむけたからでした。

 ヤン名人は、なくなったチーチンや人々のためにも、もういちど、黒いりゅうと戦うことを決心しました。ある日、偶然にもあった友だちのかじやから助言をもらい、木のりゅうに鉄の爪、うろこ、牙をつけることにしました。

 あくる年の六月二十四日、木のりゅうはできあがりました。大きなりゅうのまわりに、小さなりゅうが、八ぴきならんでいました。黒いりゅうは、九つのりゅうにおいまくられて、海のほうへおしやられてしまいました。このとき、男の子が、大きな白いりゅうにまたがって、八ぴきの小さなりゅうをひきつれ、大空のかなたから、とんでくるのがみえました。その子は、ヤン名人の子チーチンでした。しかしチーチンも九ひきのりゅうも、まっすぐに「竜が淵」の底深く、もぐっていってしまいました。このときから、この淵を「白竜の淵」というようになりました。

 

 かなり長い話で、りゅうをつくっているさいちゅう、黒いりゅうが姿をかえて、ヤン名人にちかづき、仕事の邪魔をする場面もあります。

 

 お話し会で聞いたことがあるのですが、こんなに長い話だったことにびっくり。