どんぴんからりん

昔話、絵本、創作(短編)などを紹介しています。

きつねと黒ライチョウ・・ロシア

   動物たちの冬ごもり/再話・トルストイほか 訳・河葉田たかこ 絵・フイリップ・キー/日本エディタースクール出版部/2003年

 

 イソップ寓話をおもわせるA・トルストイの再話。黒ライチョウ対キツネの対決!

 

 キツネが木の上にとまっている黒ライチョウに、「草むらにおりてくれば、散歩をしたり、話もできる。あなたの素敵な歌声も聞けるわ」といいました。

 黒ライチョウは、「地面におりるのは、心配なんだ。だって、ぼくたち鳥にとっては、地面を歩き回るのは危険なんだよ。」

 キツネは、黒ライチョウの心配をやわらげるように、「いまは、どこの野原でも山でも平和に暮らすようにって、おふれが出たのよ。だから、動物たちは、もう誰もお互いにおそったりしなくなったのよ」と声をかけます。

 黒ライチョウは、「おや、あそこに犬が走ってくるよ。以前だったら、きみは逃げなければいけなかっただろうけど、もう、きみは、そんな心配はいらないね」。

 それを聞くと、キツネは、後ずさりして逃げ出そうとしました。

 黒ライチョウは、「あー、きみは どこへいくの? だって、犬は きみをおそったりしないんだろう」

 黒ライチョウは、キツネをからかったのでしょう。キツネは、「おふれを知らない人もいるわ。犬は、きっとおふれを聞いていないわ」といって、逃げていきました。

もんぐらかっつあんの歌

   もんぐらかっつあんの歌/飯野和好/童心社/2026年

 

 小さな観光町の駅前広場に、だれがつけたかのか そのよびなも もんぐらかっつあん、のそりと あらわれた。

 「おーい、おーい、もんぐらかっつあーん もんぐらかっつあーん」子どもたちがよぶと、いつも「ホイ ホイ ホイ」と、いつもひょうきんなおどりでこたえる。

 「うろろーん うろろーん」 ぴょんぴょんぴょん。

 もんぐらかっつあんは、かわべにつくった こかげの こやで ひとやすみ。

 もんぐら かっつあんはいつも、町のゴミ拾い。

 暑い夏の日の夜、 いつも とおりを きれいにしてくれる もんぐらかっつあんに お茶をだしてくれる旅館のご主人が 話をきいた。

 「もんぐらかっつあんは、東京の生まれで、こんどの戦争で南の島におくられて、たいへんなめにあってなんとか帰ってきたら、家も家族も空襲で、みんななくなってしまって、それでなんだかぼんやり放浪の旅をしているんだと。」

 朝がきて、昼になっても 駅前広場の ゴミ入れのところにもんぐらかっつあん あらわれない。子どもたちがよんでも だれがよんでも もんぐらかっつあん あらわれない。

 「うろろーん うろろーん」耳に のこるのは、もんぐらかっつあん、歌声ばかり。



 作者が、子どもの頃、埼玉県長瀞町の駅前広場でよくみかけた不思議なおじさんの物語。そしていつの間にかいなくなってしまったあの人はどんな人だったのだろうかと
ずーっと気になっていて、絵本を作りあげたといいます。

 川にはいって、生きている実感をもった もんぐらかっつあん どこへいった?

 ごっついごっつい絵。ゴミに手をあわす もんぐらかっつあん。ゴミのように死んでいった人びとへの悲しみでしょうか。  

 
 戦争を記憶している人びとが、ほとんど亡くなって、日本はどこへいく?
 
 ただ、子どもたちに うまくつたわるでしょうか?

金のとさかのおんどりと石臼・・ロシア

   動物たちの冬ごもり/再話・トルストイほか 訳・河葉田たかこ 絵・フイリップ・キー/日本エディタースクール出版部/2003年

 

 1800年代後半、はじめてロシア民話集を集大成したというアファナーシェフの再話。

 トルストイの「金のとさかのおんどり」は、語られる方も多いのですが、この話は聴いたことがありません。おじいさん、おばあさんがせっかく手に入れたふしぎな石臼を、貴族から取り返すに行くおんどりの話。

 

 貴族が盗んだ石臼は、まわすとプリンやピローブ(ロシア風パイ)が次々にでてくるふしぎな臼。

 おんどりが、「貴族よ。貴族! ぼくたちの、大切な大切な石臼、返しておくれ!」とさけぶと、おんどりは、井戸に投げ込まれたり、燃えペチカに投げ込まれてしまいます。
 昔話のパターンでは、おんどりがでかけるときに、旅で出会ったものに助けられますが、この話では、おんどりが呪文を唱え、ピンチをひとりで切り拓いていきます。

 冒頭は、おじいさん、おばあさんが、どんぐりを一粒、縁の下へ落としたところからはじまります。

 どんぐりがどんどんおおきくなり、ふたりは床に穴をあけ、天井を取り壊し、屋根もとりはずします。やがて高い空までとどくほど。ひろってきたどんぐりが底をつき、おじいさんが袋をかついで、ゆっくりゆっくり空の上へ行き、みつけたのが金のとさかのおんどりと石臼でした。

バルレッタの ふしぎな 大おとこ

   バルレッタの ふしぎな 大おとこ/トミー・デ・パオラ:再話絵 福本友美子・訳/光村教育図書/2005年

 

 イタリアのバルレッタに伝わる とてつもなく大きな若者の像にまつわる話

 

 イタリアのバルレッタの町のサン・セポルクロ教会のまえに、とてつもなく大きな若者の像が たっていました。

 大おとこのいる広場の向かい側には、町いちばんのとしよりのコンチェッタおばさんがすんでいました。

 朝早く修道院のシスターが、大おとこにあいさつしてミサにやってきます。市場に出かける人は商売がうまくいくようお願いし、子どもたちの遊び場になり、夜は恋人たちがやってきました。

 この大おとこが、いつから建っていたかは、だれもしりませんでした。

 そんな、平和な町に、突然大事件がおころました。千人の軍隊がやってくるというのです。町には兵隊さんがひとりもいません。叫びや悲鳴が町に響きわたりました。だれもがみんなパルレッタの町から逃げ出そうとしていました。

 

 ところが、一日のおわり 「おやすみ、大おとこさん」と いつもいっていたコンチェッタおばさんは、大おとこに、台から降りてきて、町を救っておくれと声をかけました。すると、なんとそのとおり、大おとこがおりてきたのです。

 ふたりは、いいアイデアを思いつきました。

 コンチェッタおばさんは、人びとはとにかくどこかに隠れて姿をけすこと、うんと大きなタマネギをもってくることを呼びかけました。

 大おとこは、タマネギをもって、五キロほど離れた軍隊の前で、タマネギを 目に近づけると・・・。


 力で対抗するのではなく、相手の心理をうまく利用して、平和的に解決する大おとことコンチェッタおばさんの知恵に 拍手です。

100このタネがとんでった

   100このタネがとんでった/イザベル・ミニョス・マルティンス・文 河野ヤラ

政枝・絵 木下眞穂・訳/岩波書店/2026年

 

自然界の命のリレー。

マツボックリの百個のタネの旅をおっていきます。

十個のタネは道路へ

二十個は川の中

十個は 大きな石の上

ところどころ算数(あといくつ?)

二十五個は鳥に

(あといくつ?)

のこりは たった十個。でも七個は かわいて しんじゃった

最後の一本は ちいさな木になったが、その芽もウサギにたべられちゃった。

 

それでも、木はまっていた!。

 

子どもたちがすきなウンチの話も出てきて興味をひきます。

 

 

スーッとはいっていけるイラストも見ごたえ十分。

東京おすすめ紙芝居マラソン

2026.7.26

 第四回目の東京おすすめ紙芝居マラソン。

 前回参加したと同様、午前、午後の二部制。

 午前は13作品。午後は14作品。

 午後の七作品をみました。

 脚本、画には、なじみの絵本作家のお名前。

 どれもこれもゆったりした進行で、紙芝居の楽しさを満喫しました。

 

 場所は板橋区立中央図書館。

 今回は、図書館そのものものに興味があったので、二階、三階も回ってみました。蔵書の多さにびっくり。

 紙芝居は、一階のホールで開催されていましたが、このスペースも 使い勝手がよさそうでした。

 

2024.7.26

 第二回という東京おすすめ紙芝居マラソンの五作品を見ました。

 午前中二時間で八作品、午後は三時間で十二作品、出入り自由でした。紙芝居サークルの発表の場としての試みなのでしょうか。
 観客は五十人以上でしょうか。午後は子どもより大人の方が圧倒的でした。

 いくつかの紙芝居サークルが、たすきをつないでいっていました。ゆったりと間があってすごく聞きやすいのですが、おおぜいの人数だと、紙芝居までの距離が遠く、画はちょっとみにくい感じ。お話し会の進行で、語りや、絵本、紙芝居の組み合わせはかくことができないのですが、どんな紙芝居を選択するかの情報が少ない気がしてます。グループであれば、個々の情報交換ができますが、それも数多くの紙芝居から見れば、きわめて限定的です。

 「紙芝居文化の会」の「おすすめ紙芝居」リストを、資料としていただきましたが、まだまだ知らないものだらけ。ただその反面、自分が読んで面白いと思ったものがはいっていないのは、なんでだろうと思いました。

 こうした催しの内容は、当日会場に足を運んでわかるものがほとんど。上演作品があらかじめわかっていると参加しやすいと思っています。今回はロングランの催しなので難しいのでしょう。

 また、タイトル、作者(脚本、画)が、誰かははじめに話されるのですが、どこの国の昔話(民話)であるかが省略されるのは、必要ないという判断なのでしょうか。

三つの金の鍵

   三つの金の鍵 魔法のプラハ/ピーター・シス・作 柴田元幸・訳/BL出版/2005年

 

  プラハで育ち、アメリカに亡命した作者が、娘に語る望郷のプラハ。

 

 気球にのった少年がおりていったのは大きな街。あたりには 人っ子ひとりいない。けれど突然、まわりのなにもかもが、子どもの頃を ぼくに 思い出させた。くねくねまがった街路を抜け、記憶のぼくの家。扉には錆びた南京錠がかかっているが、ぼくは鍵をもっていない。

 どこからともなく黒猫があらわれ、ついていく。子どもの頃の思い出をたどり、図書館へ。図書館員は巻紙を渡してくれる。古い巻紙に書かれた物語を読む。読み終えると、ひとりになっていて、手には鍵が一つ。つぎにいったのは、城。皇帝から巻紙をもらい、読み終えると手には鍵が一つ。

 町の広場の有名な時計台では、機械仕掛けの男爵が、巻紙を持ってきてくれた。読み終えると、手には鍵。3つの金の鍵を手に入れついたところは、母の声がきこえた なつかしい我が家。

 

 人っ子一人もいない街中を、黒猫に案内されながら、過ぎ去った過去をたどるぼく。

 街の中心部を流れるヴルタヴァ川から、ズームインすると、古い塔が立ち並び、石畳、レンガの橋が広がる。
 人っ子ひとりいない静寂の街には、あちこちに人影(あやしい!)が・・・。ずっとつづく二階建ての窓には、顔、顔、顔。

 

 エピソードの周りを取り囲むイラストも数多い。よくもまあ、こんなこまかなところまでとおもうほど、細かい。  

 

 社会主義体制下で、自由をうばわれた沈黙の街を暗示するような絵は陰。もういちど描くとすれば陽の世界?

 
 アメリカでの初版は、1994年。