福岡のむかし話/福岡県民話研究会編/日本標準/1983年
昔、福間と博多のあいだをお客をのせて 行ったり来たりしていた馬方の又ぜえが、福間へ帰る途中、馬が急に立ち止まって動かなくなった。又ぜえが、手綱をひっぱっても、馬は動かない。そこへ、カランコロンと下駄の音。
こんなさびしいところに、誰かいるかとみると、夜目にもくっきり、美しい振袖を着た若い娘。又ぜえは、心の中でポンと手をたたいた。「ここは花見松原。そんなら、あの女は、お三ギツネが ばけたんだな」。
一人歩きはぶっそうだから、馬に乗せてやろうともちかけ、ブルブル、バタバタする馬をなだめて娘を馬に乗せ、それから、「あんた、馬は、はじめてだな。そんなひっぴり腰じゃ落ちてしまう。」と、娘の返事も聞かず、娘を、ぐるぐる馬にくくりつけてしまった。あっというまのことなので、お三ギツネもどうすることもできない。
家に帰り、娘を土間にほうりなげると、そのはずみに正体をあらわした お三ギツネに、「お前は、しょっちゅういたずらばかりして、人を困らせている。今夜はキツネ汁にして、くってやるぞ」と、又ぜえがどなると、お三ギツネは びっくりぎょうてん。
又ぜえは、命乞いするキツネに、金の茶釜にばけさせ、その茶釜を、三百両の大金でご隠居に売り込む。ご隠居が、すぐに茶釜に水を入れ、火にかけると、お三ギツネは正体を現し、うらの山へ逃げてしまった。
ご隠居は、血相変えて又ぜえのところに、怒鳴り込むが、又ぜえは、寝ている。枕もとで、だましたなと怒鳴ると、又ぜえは、すましたもの。「この四、五日、病気して茶釜を売りに行けるはずがない。それは多分、お三ギツネが あたしにばけて ご隠居さんをだましとばい」という。証拠もなく、ご隠居さんは、しおしおと家を出て行った。
ご隠居が帰ると、又ぜえは、布団の下から、三百両の金づつみを出し、天井裏に隠すと、大きなあくびをして、こんどは本当に寝床の中にもぐりこんだ。
とちゅう、キツネに金の茶釜にばけさせるのに、タヌキが文福茶釜にばけた話を持ち出すあたり、又ぜえさん、むかし話を聞いて育ったのか。
小学校の六年生が、挿絵を描いていますが、味のある版画の挿絵です。
