高知のむかし話/土佐教育研究会国語部会編/日本標準/1976年
旅の坊さんがひとばんの宿としてとまったのは、化け物寺とよばれる古寺。
化け物寺といわれるだけあって、庭は荒れ放題、チリがいっぱい浮いている池、風がそよともふかないのに枯れたハスの葉が、ぴらぴら、笑うように動くところ。
坊さんがみょうな音でふっと目が覚めた。
ト トントントン ト トントントン。
「なんじゃろ。こんな夜更けに。」と、坊さまが耳をすませると、音はだんだん大きくなって、ちかずいてくると
「ていていこぼしは、おやどにか。」と、呼ぶ声がする。すると、おくの方から、シャラシャラ誰かが出てくるようす。
「どなたでござる。」「とうりの、ばこつ。」「さあさあ、ずっと、お通りなされ。こよいは、よい生ざかなもあり。」
馬の骸骨を案内しているのは、なんと、一つ目こぞう。
おなじように、「ていていこぼしは、おやどにか。」と、やってきたのは、「さいちくりんの、けいさんそく」
そして、「なんちの りぎょ」「ほくさんの、びゃっこ」。
坊さんがそっとあとをつけると、やってきたお化けどもが、ずらりならんで酒をのんでいた。
一つ目こぞうがいうことには、「こよいは、あのぼうずを、ひきしゃいて食おうぞよ。あれは、よい生ざかなじゃ。」。
「そうよ、そうよ、あぶらみもこってりありそうで、こよいは、ひさしぶりに、うまいごちそうにありつける。」。
坊さまは、こよいの生ざかなとは、自分のことじゃったと、びっくり仰天。化け物に負けてたまるかと、覚悟を決めて、一生懸命いのりはじめた。
妙な気配に、はっときがついた化け物らは、きばをむいて、いっせいに、とびかかろうとした。それよりはやく坊さんは、「えいっ。」と、ひと声すると手に持った数珠を化け物めがけてなげつけた。化け物どもは、ぶるぶるふるえ、ゆるしをこうた。
坊さんが、名をなのるようにいうと、一つ目こぞうから、身の上話をはじめた。
「わしは、大工の魂と言われるのみじゃった。この寺を建てたとき、大工の棟梁が、このわしを天井裏へ、忘れていきよった。長い間、ネズミの糞にうまり、このからだが、じこじこと、さびていくのが、くやしゅうて、くやしゅうて、大工を恨み、人をのろうて、こんなばけものに。」というと、一つ目はぼろぼろ涙を流した。
次に話しだしたのは馬の骸骨。
「わしは、東里の馬骨というものでございます。もとは秋風という名馬でしたが、うんわるく殿さまの目にとまって、それからは殿さまの持ち馬になって、なんべんも、いくさにでました。いちばんおしまいのたたかいのとき、目に矢がささり、目が見えんようになると、わしは、そのまま山へ捨てられてしまいました。この寺の東の方のみちばたで、とうとういきだおれになると、まだ息があるうちに、大きな穴の中へほうりこまれてしまいました。」
黒ごい、西竹林の鶏三足、白いキツネも、長い間、こらえにこらえていた恨みを思い出し、しくしく、みな泣きよった。
ずっと聞いていた坊さまは、「げに、むごいことよのう」といって目をあけると、夜が明けるまで、化け物のたましいをしずめるために、ぎっちりお経をあげてやった。
つぎの日、坊さんは、寺にやってきた村人とてわけして、化け物の骨を全部拾い集めると、ねんごろにおとむらいをしてやったと。
化け物が五ひき。おなじように登場し、おのおの身の上話をしていくので、日本にはめずらしいほど長い話になっています。
