オクスフォード世界の民話と伝説6/スイス編/植田敏郎・訳/講談社/1978年改訂版第一刷
ある宿屋に悪魔がはいってきました。そこでは若者たちがテーブルにすわって、ブドウ酒をのんだり、わらったり、うたったりしていました。
悪魔は、クジャクの羽のついた小さなみどりいろの帽子をかぶっていて、どうしてもぬごうとしませんでした。
悪魔は、若者と、したしげにしていましたが、さいごに、「このかんじょうは、わしにまかせてくれ。そのうえ、部屋を出るときに最後になった若者のからだと、たましいを、このわしにくれれば、楽しかった今晩の思い出のために、めいめいの財布がはりさけそうになるまで、ぎっしり金貨をいれてやろうじゃないか。」といいだしました。
若者たちは、いっぺんによいがさめ、ひざががくがく。しかしだれひとり、この悪魔をおもいきって追い払うものはいませんでした。
このなかまの中に、ひとりだけ驚かない人がいました。ちびのペーターです。ペーターは、「部屋を最後にでるものは、あなたといっしょにいきます。」というと、ランプが消され、悪魔は最後に出る人をつかまえようと、身構えて戸口にたちました。若者たちは、戸口にかけだし、ペーターが最後に残されました。
悪魔がペーターをつかまえようとすると、ペーターはわらいながら、「そんなにあわてるなよ。ごらんよ。ぼくのうしろに、もうひとりいるじゃないか。」といって、月の光で壁に映った影をゆびさしました。悪魔がペータの影をつかまえようとしたすきに、ペータは戸口から外へ出ていました。
悪魔は騙されたことに気がつくと、ひどく怒って、悔し泣きながら、地をドシンドシンとふみつけたあとに、いやなにおいを残しながら、地の下にもぐりこみました。
お話のなかでは、悪魔はどうしても損な役割です。